合格体験記(現役) 医学部編 東京慈恵会医科大 近津さん

近津奈緒さん 東京慈恵会医科大合格 (洗足学園高校卒)

~高1のときスリランカの医療ボランティアで衝撃的な経験をしました。合格できたのは、勉強を楽しめたから。一会塾には通いやすい環境と質問しやすい雰囲気がありました~

【近津さん その他の合格大学】

国際医療福祉大 医学部

順天堂大学 医学部

昭和大学 医学部

聖マリアンナ医科大学(特待生)

(面接指導:高橋優子)

~近津さんは、中高6年間、新体操部、3歳から始めたバレエも継続し、医学部現役合格をされた頑張り屋さんです。国際医療福祉大学の面接では30分もの圧迫面接で行き詰まり、思わず涙を流されたことも。しかし、しっかり合格されました。順天堂大学の2次面接では、前日の2次面接対策指導での予想問題が的中し「では新体操を披露してください!」と言われ、リボンの演技を先生方の前で披露されました。東京慈恵医科大学でのMMI(multiple mini interview)面接では、5分~7分刻みで5セットのブース面接という過酷な設定で、夢中で気付いたら終わっていたという感想でしたが、予想問題や過去問題を応用し対策を重ねていましたので、1回1回ごとに医師の顔、内外共に医師に相応しい姿勢、真心こめた解答を出せるようになって行き、素晴らしい合格に繋がったと思っております~

 

 

インタビュー内容をまとめて掲載しています。 

1)大学について

(※) 大学はいかがですか?

(近津) 楽しいです。ダンス部と、あとはインカレ※で国際ボランティア系のサークルに入っています。東南アジアに行って、自分たちでプロジェクトを考えて、それを実行するという内容のインカレです。

※インカレ:インカレッジの略(複数の大学が合流して活動する種類のサークルのこと)

(※※) 具体的にはどんなことを、今やっているの。

(近津) ちょうどこの間フィリピンに行ってきたんですけど、私たちは入ったばかりなので、それに同行するという感じでしたが、フィリピンのスラムに行って、歯磨きを教えたりとか、歯磨きの重要性を教えるのと、あとは運動会を開催するというプロジェクトをやりました。

(※※) フィリピンのスラムの人たちは、歯磨きを知らない。

(近津) 知ってはいるんですけど、ちゃんとできていなくて、実際に私たちが歯磨きの正しいやり方を教えたり。小さい子は歯が結構ぼろぼろだったりして・・・。

(※※) 国はだいたいフィリピンなの。

(近津) フィリピンです。インカレの中にフィリピンチームとかインドネシアチームとか、ベトナムチームとかいろいろあって、私はフィリピンチームなので、フィリピンに。

外科専門病院で行われた一会塾メディカルディベイト参加中の近津さん

 

2)医学部志望理由について

(※※) 医学部に入りたいっていつぐらいから?

(近津) 小学4年生ぐらいです。きっかけはずっと医療ドラマとか医療系のドキュメンタリー番組がすごく好きで、それをよく見ていて、そこで憧れを持ちました。でも本気になったのは高1のときで、スリランカに行ったときです。

(※※) なぜスリランカに?

(近津) 医療ボランティアです。2週間で、最初の1週間は現地の病院を見て、残りの1週間はスリランカでした。病院に行けない人たちがいる地域を回って、ボランティアの健康診断をやるというプログラムです。

(※※) これは団体なの。

(近津) はい、プロジェクトアブロードという団体です。

(※※) これも自分で応募してというか。そこの体験は衝撃的だったんだって?

(近津) 衝撃的でした。印象的だったのは、2組の出産に立ち会ったことです。また別の病院に救急車で運ばれてきた男性は、たくさん医師が処置に当たっていたんですけど、そのまま目の前で亡くなられてしまったんです。本当にたくさんいっぱい医師の人がすごい頑張っていたんですけど、自分はそれを見ていることしかできなくて、当たり前なんですけど、何もできないのがすごく悔しいと思って、早く私も医師になって、その中で人を助けることをしたいなって心から思いました。

メディベイトのあと、顧問医師 目黒外科 齋藤院長に積極的に質問する近津さん

3)小学生のころについて

(※※) 中学受験はいつぐらいから意識を。

(近津) 小6の4月。

(※※) 遅くない?それまでは、どうしたの。

(近津) 小4まで公文をやっていたんですけど、辞めることになりました。小4の冬。一番最初に小4の冬期講習みたいなのを受けさせられて、そのまま入れられて。でもこっちは全然勉強する気がなくて。

(※※) やる気はないけど入れられて、勉強をしていたの。

(近津) 小4まで公文やっていたんですが、姉の中学受験の流れもあって小4で日能研に入りました。でも、毎週末、日曜日にテストがあるんですけど、家庭学習はしないし、テストも復習しないし、授業は寝るしみたいな感じで、全然勉強をする気がなかったので、最初に入ったクラスにも付いていけなくなって、授業を受けても分からないのに授業が進むのがつらくて、行く前にいつも泣いていて、行きたくって泣いて帰ってきてからも、今日も分からなかったといって泣いてという感じでした。

(※※) それは無理やり入れさせられているからね。それが小4、小5。

(近津) 小4の冬に入って、小5の途中ぐらいまでしか行かなかったです。もうあまりに合わなさ過ぎて、もう辞めたいといって小5の途中で。夏が終わったぐらいに辞めました。それから、辞めると一切勉強しないので、東京個別学院に行って。

(近津) 個別指導塾は、緩くて何となく勉強していて、でもほとんどしていないんですけど。そこは個別なので、全然ほかの人と比べられることがなく、つらくはなかったけど、何となく勉強をしに行っていたという感じでした。そのころ首都圏模試を受けていたんです。小6の4月。たまたま試験会場を洗足にししたら一目惚れして、私は絶対ここに行くってなってという、そこからめっちゃ頑張りました。日能研全然そんなできる方じゃなかったので、全然レベルが高すぎて無理かなと親には思われていたんですけど。

(近津) そこからすごい勉強して、夏ぐらいもすごく頑張っていて、夏が終わってから、今では考えられないんですけど、いつも朝6時に起きて、小学校は私立だったので、7時過ぎぐらいに家を出ていたんですけど、それを朝5時に起きて1時間勉強してから学校に行くというのを、夏の終わりからやっていました。

 たぶんスタートが遅かったので、すごく焦ってというのもあると思う。自分的には行きたいところが洗足しかなかったので、洗足がだめだったら公立の中学でいいと思っていたぐらい、洗足にしか行きたくなくて、頑張りました。

12月開催の「医学部2次面接対策 身だしなみ講座」に参加する近津さん

講師は、ヘア&メイクアップアーティストの山口瞳子先生

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4)中学・高校のころについて

(※※) 洗足に入り、夢の中学生活はどうでしたか。

(近津) 楽しかったです。行きたいところに行けて、制服を着るだけでうれしいみたいな感じでした。

(※※) 高校に入ってからはいかがでしたか?

(近津) 高校に上がったときに勉強の内容が、ちょっと難しいと思って、部活と勉強を両立できる自信がなくなったときがあって、それは高校に上がってすぐのときなんですけど、それで部活を辞めたいと思って、高1の文化祭が終わってから高2の始めまで休部しました。

そのまま始める気は最初なかったんですけど、休部して。半年部活なしで過ごして、でもだからといって勉強ができたわけじゃなくて、部活がなくなった時間、全部勉強に費やしたわけじゃなくて、それよりも部活を頑張って、テスト前はめっちゃ勉強して、結局テストはいい成績を出している友達が周りにいて、それで自分が部活をやっていないのが悔しくなって、3月に部活の公演があったんですけど、それを見に行って、周りの人がすごくきらきらしていて、自分がそこにいないのが悔しくて、やっぱりまた高2からまた始めようと思って、始めました。

(※※) 中学・高校の塾はいつからどこに通っていたの。

(近津) ずっと行っていなくて、高2の7月から初めて行き始めました。東大生がグループ授業で見てくれる有名な塾です。友達が通っていた塾です。

(※※) どうでしたか、その塾は

(近津) 楽しかったです。でもすごく難しくて・・・高1数Ⅲというのがあって、周りが、はい、分かります!・・・みたいな。通常の数学の方もずっと、周りは結構中1から入ってずっとやってきている人がほとんどなので、ああ、はい、分かるみたいな感じで、でもこっちは理解するのに精一杯で。数Ⅲの授業って初めて聞く単語があって本当に大変だったんですけど、先生がすごく分かりやすくて、授業が楽しくて。なので、続いていますね。私は小学生のときに日能研で、全然だめだった過去があるので、お母さん的にはこれで大丈夫なのかなって思ったらしいんですけど、大丈夫でした()

(※※) その後に一会塾に来てくれたんだよね?

(近津) その後は、はい。その塾は遠かったのと授業でしか行けないし、あと自習室が高3からしか使えなくて。あと、そこでは同学年が3人しかいないし、周りは頭のいい人たちばかりだし、質問が行きづらくて・・・

(※※) その後に一会塾は何で知ったんですか?

(近津) 母が。武蔵小杉の駅でやっていたお祭りの広告をもらってきた。たしかコスギフェスタというお祭りの・・・

(※※) コスギフェスタでやっている一会塾の講演会だね。そこで知ってくれたんだ?

(近津) たぶんそうだと思います。それで近いし、行ってみたらみたいな話で。そのときは苦手科目みたいなものはあんまり意識していなくて、古文、漢文が分からないなという。

(※※) じゃあ、切実なというよりは、近くでどこか気軽に質問ができるというのがあったんだ。体験、国語かな。みたいな感じで、国語は必要なかった。

(近津) なかったです。でも国語の授業はすごく楽しかったです。

 

5)一会塾について

(※※) 一会塾はどうでしたか。

(近津) 授業は楽しかったです。自習室も使い倒してました()。でもずっと勉強に集中するのは苦労しました。朝早く起きようと思って目覚ましをかけても、結局起きれなかったりとか、夜もうちょっと頑張れないときは、明日やろうっていう。

(※※) この辺からは、ちょっとスパートをかけてやっていた、ちょっとモードが変わったなっていつごろ?

(近津) 10月中旬ぐらい。国立医学部の推薦がだめになったときに、ああ、もうだめだと思ってやらなきゃと思いました。

(※※) 引きずったりとかはなかったの?

(近津) なかったですね。

(近津) メンタルな話だと、私は高2にまでは模試の判定とか結構よかったんですけど、高3になってとかはEも出たことあるかなぐらいで。一番よくてCという感じで。でも、本当に自分で実力がついてきたって思ったのが、12月の学校が終わってからでしたね。その受験期間中、1月、2月ぐらいが一番成績もいいかなと思ってました。だからそんなに判定は気にする必要はないって。学校があるうちは、結構詰め込むばかりで、まだ消化できていない。学校が終わって復習を始めて、何回も復習をして、本当にそれが自分の力になってくるのが12月末ぐらいかなって感じでした。

(※※) ありがとうございます。最後に一会塾に通ってみていかがでしたか?

(近津) 先生と生徒との距離がとても近いため、質問しやすいし、勉強以外の相談もしやすく、苦しいはずの受験勉強も楽しめました。

 

近津さんが、医歯薬進学2月号(2020年1月12日発売)で記事になりました。ご希望の方には記事を郵送させていただきます。

(医歯薬進学で取材を受けた14人の先輩たち)

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