合格体験記(現役) 理工系編 早稲田大 内藤さん

内藤晋作さん 早稲田大学 基幹理工学部1年 (攻玉社高校卒)

~英語と物理が苦手、それなのに本腰を入れたのは、高3の夏休み、もっと早くから取り組むべきでした()。合格したのは最後の最後で物理を攻略できたこと。物理は途中で投げ出したくなる科目だけど、問題演習をやれば絶対に克服できると思います~

 

【内藤さん その他の合格大学】

芝浦工業大学 工学部 情報工学科

明治大学 理工学部 情報理工科学(特別給費奨学生※)

※4年間の授業料相当額を全額免除 明治大学を受験した人全体から上位70名に付与される

 

(※) どんな受験生でしたか?中学受験もした?

 

(内藤) はい、塾には小4からトーマス通っていて、途中からは早稲田アカデミーも通いました。第一志望のNN特講義(なにがなんでもわせだでNN)の為に塾を掛け持ちしてました。

 

(※) それで攻玉社に合格したと。

 

(内藤) 攻玉社は6日の国語選抜みたいな方式で合格したんです。今はなくなっちゃったけど。その6日までは色々受けたんですけど都内で受かったところがあんまりなくて。唯一都内で受かった男子高が世田谷学園で、仏教系は嫌だなと思って。6日の試験が終わった後に親と話して、仏教系男子高に行くか、埼玉の栄東に行くか、だめだったらどうするのって聞かれて、だったら埼玉の高校に行くと決断をしました。電車で埼玉かーとは思いましたが。

 

(※) でも何とか合格して。

 

(内藤) やったというよりは、ほっとしたというか。

 

(※) どんな中学生でした。

 

(内藤) 全然勉強していなかったです。水泳部でした。水泳は3歳ぐらいからやっていて。ベビースイミングもやっていたから、1歳ぐらいからかな。

攻玉社を選んだというのも屋内プールがあって、顧問の人が有名な先生というのも、志望していた理由なんです。

 

(※) 部活にかなり力を入れていた。

 

(内藤) そうですね。だからじゃないかもしれないけど成績は中の下とか、下の上とか、その辺です。英語とかは、結構補習に呼ばれていました。もう最初の中1とかで。その後も、中の下から中の中とか、その辺をずっと。高校入ってからもあまり変わらずで上に食い込んだことは、あんまりないと思います。

(※) 教科の得意・不得意、好き嫌いは。

 

(内藤) 数学は好きで、英語はそんなに好きじゃなかったです。理科はどっちかというと苦手でした。

 

(※) いつぐらいから意識をして勉強始めました。

 

(内藤) 早い人は、1ぐらいから結構受験を意識して、電車の中でも単語帳をやったりしだすじゃないですか。それでちょっとやばいんだって思い始めたのが高1ぐらい。でもそこから別に何も変わらず。結局ちゃんと自分で勉強しなきゃなって思ったのは、部活が終わってからで、高36月ぐらいからです。

 

(※) 入塾したのはいつ。

 

(内藤) 高2の秋から。きっかけは親がという感じですね、恥ずかしながら。

あんたは行かなきゃだめだみたいな感じで言われて、みんな行っているみたいな感じで言ってきてすごく嫌だったんですよ。だから反論して、頭がいい人の名前を出して、あの人は塾に行ってないって力説をしたんだけど、それはできる人だからでしょうって言われて、もうぐうの音も出ないというか。

 

(※) どうやって探したの。

 

(内藤) どこに行きたいのみたいなことは聞かれて、最初は塾に行くことにためらいがあって、通っていることを知られたくなくて、知り合いがいなさそうなところがいいみたいな話はしたんですよ。その当時大手の予備校や映像中心の予備校にみんな行っているから、それは嫌だなみたいな。でも一会塾に来てみたら同じ高校のひとが結構いっぱいいたという落ちでした。

 

(※) 高2の秋に入ったけれども、あまり勉強しなかった。

 

(内藤) そうですね。授業も英語だけとか、途中から仲野先生の数学を追加して受講していました。でも基本あんまりちゃんと始めていなかったです。少なくとも部活を引退するまでは、塾に行かないことが当たり前だったし、授業がある日以外は行かなかった。

 

(※) ちゃんと本腰を入れだしたのは。

 

(内藤) 高3の夏休みからですね。夏からは自分の中ではある程度、頑張っているなみたいなところがありました。

数学は、一番好きな科目だったので、一応。それなりにやる気もあって。しかも学校の先生が結構すごくしっかりやってくれて、週に4回か5回補習を毎週やってくれるんです。結構難しい内容とかもやってくれていて、その復習と、あとは塾のテキストの予習と復習、そして宿題という感じをずっとやっていましたね。自分では基本的なところからやりたかったので、1対1対応という参考書を決めてずっとやっていました。10月か11月ぐらいに終わって、そのあとは新スタンダード演習に移りました。

 

(※) 成果はあった。

 

(内藤) 結構できるようになったと思います。最終的に、たぶん一番できるようになっていたのは数学と物理なので、受験でも一番数学が点数はよかったです。

 

(※) 物理はどうだった。

 

(内藤) 高3の頭まで本当にできなくて、本当に嫌いで、これはいよいよやばいということで、一会塾のスタッフに相談して物理の授業を受講するようになったんです。

でも最初はやっぱりあまりおもしろくなくて、難しいし、本当に行きたくないなと思っていて。真木先生の分厚いテキストがあるじゃないですか。テキストの問題数がとにかく多くて、でも全然やらなくて、毎回授業を受けるだけ。夏ぐらいに電磁気に入って、電磁気もわりとスピードが速くて、だーっと進んでいくので、そろそろやばいということで、夏に初めて自分でテキストの問題を解き始めたんです。遅いけど。でもそれをしていくと、だんだん難しいけど面白いなと思うようになってきて、ちょっとずつだけど、そこから物理の授業は好きになっていったみたいな感じです。自分で解く前は本当に嫌いな感じだったけど、解きだしてから食らいついてやろうみたいな気持ちも自分の中で出てきて、物理に割く時間が一番多かったんですよね。もう本当にどんなことでも質問に行ったりして、たぶんもういいよみたいな感じに思われたかもしれないですけど、でも全部答えてくださって(笑)

 

(※) 英語は。

 

(内藤) 英語は、ずっと苦手だったですね。夏ぐらいに結局進路はどうするんだみたいな話になって、あの学力で、今でも何でそう考えたのか分からないですけど、東大に行きたいって自分で言っていて、学校の先生にもそう言って、一会塾の先生にもそう言って。そうしたらまずこの英語はやばいだろうみたいな感じで、家でもそういう感じになって、それでやっと始めた感じ。鍋谷先生の英語の授業もハイレベルだったので、そこに食らいつくために本当に予習とか復習はしっかりやって、長文で出てきた単語とか分からなかったら線を引っ張って、単語帳みたいなものを作ってやるみたいなあたりまえことを地道にずっとやっていたらセンター模試で192取れたんです。そこからは英語が得意科目って言えるようになりました。

(英語科 鍋谷先生)

 

(※) 化学は?

 

(内藤) 化学は高3の頭まで物理より得意だったんです。でも物理がまずいってことで物理に割く時間が多くなっていって、化学の相手をしている時間がなくなって、結局最後までそんなにできるといえるレベルまでにはあげられなかった。夏休みが終わるぐらいまでかけてセミナー化学を一つやり切って、そこから重要問題集に変えてやりました。でも化学はやり始めが遅かったと思います。結局有機の高分子とかは、冬の川原先生の授業で初めて触れるぐらいのレベルだったので。化学やってて理論やっていたら無機がわからなくなるのでランダムにやりたいなと思って、アプリで乱数を表示させるやつがあるじゃないですか。あれで15問から10問ぐらい決めて、それを使って、表示で出てきたやつをやるみたいな感じでやっていったんですけど、それが間違えだったのかもしれない。適当にしすぎたのかもしれないです。

 

(※) 最終的にそれぞれの科目を、10段階で評価をするならどうなりますか。

 

(内藤) 数学8の、物理9、化学は6ぐらいですかね。英語は4ですね。本当は8くらいまで行ったんですけど、本番直前は力入れなかったら下がりました。

 

(※) 早稲田合格の勝因は。

 

(内藤) 数学・物理ですね、間違いなく。早慶より前に受けた大学は、理科は物理と化学合わせて6題出題から3題解く形式で全部物理を解いて、それで受かったので本当に物理は武器になったという感じです。

 

(※) 志望が途中で文系になったりとかしたけどあれは何だったの。

 

(内藤) ずっと進路が決まらなくて、高2の時に受験をする意味みたいな話になって、みんなは当たり前のようにどこの大学に行きたいかみたいな話をしていて、それがしっくりこなくて。何でそんなにみんなちゃんとすぐに決められるのかみたいに、反発していたんですかね。フリーターになりたいと言ったんですよ。

 

(※) 誰に。

 

(内藤) 学校の先生に面談で。それがすごい問題になって、先生たちもプチパニックみたいな感じで、顧問の先生にも、「お前何考えてるの、何のためにここでやっているんだ」みたいな話をすごいされて、親にも話されて、“面倒くせえ”とか内心思いながらずっと来ました。結局やりたいこともなかったし、楽に生きていければいいなと思って。その中で神戸大学が出てきたのは、ピアノを習っていたんですけど、AOでピアノだけで受かる試験があるって知って、親の実家も近いというのもあって、ピアノの先生に相談までして。結局その話はすぐになくなったんですけどね。

 

(※) いつ志望校を決めました。

 

(内藤) 高3の夏です。一会塾のスタッフの先生にもずっといろいろ話を聞いてもらっていて、最終的に決めました。情報系に進みたいと思ったのは、何でかよく分からないですけど。たぶん、はやりの学系だし、就職に強いだろうという発想かな。

 

(※) 一会塾に通ってどうでした。

 

(内藤) ほかの塾は休憩場所ってあっても、食べるだけのところも多いと思うんですけど、一会塾はしっかり休めるというか、ちゃんとリラックスできる空間があって、そこの受付のところに行ったら先生と生徒が、他愛ない話をすることもあるし、ちゃんと細かいことでも相談に乗ってくださる人がいてという雰囲気が、たぶん自分に合っていたと思います。あの時間は自分には、“濃い”時間でした。関さんとかにもずっといろいろな話をきいてもらっていました。

(受付で談笑する内藤くん)

(化学科スタッフ 関)

(※) 後輩にアドバイスをするとすれば。

 

(内藤) 物理のことで言えば、結局やりだして、でも結局成果は模試で点数を残せたところはないんですけど、受験期にやっと武器になったみたいな感じです。なんで、今、一会塾で物理の授業を受けていて難しいと思う人がいたら、絶対ついていった方がいいと思います。化学も季節授業しか受講していなかったけど、最終的はやっぱり取っておけばよかったなって思いました。変な自己流の勉強法じゃなくて

(物理科 真木先生)

それから、自分は性格的に結構お気楽な感じで深く考えたりしないたちなんですけど、そんな自分でも初めての本番ってめちゃめちゃ緊張しちゃって、いろんなこと考えちゃって。センター試験の時はこれダメだったらもう終わりなんだよなとか考えてて。だから、試験会場に着いたら、自分の手が届く範囲以外のことは考えないってことが大事だと思います。わかりやすくいうと、自分が今からの行動とかで変えられることだけ考えるってこと。例えば、試験終わったら何食べようとか、家着いたら今日はちょっとだけあのテレビ見ようとか。そう考えると、今から出来ることって本当に他愛もないことしかないし、ちっぽけなことしかできないなって思うからいろいろ考えるのはあきらめて試験の方に集中できると思うんです。でも受験期の後半のほうとかは、割と力を出し切れたなって感じはしてました。それってなんでかっていうと勉強もきちんとやって試験に慣れてきたからこそ、いい意味で自分のお気楽さが出てきて集中していけた、それが良い方向に転がったんだと思ってます。でもやっぱ初めての試験だけは、どうしてもいろんなこと考えちゃってて、それで失敗した部分もあると思います。勿論勉強不足がいちばんの原因なんですけどね(笑)

 

自分がいちばん悔やんでるセンター試験での一番の反省点をあげるとしたら今のようなことですね。

 

受験期の最後の方で見ていただいた個別授業(過去問個別指導)はすごい苦手を潰せたし、先生方の巧みな言葉でなんだかすごく自信もついたしで、すごい良かったなと思います。

 

~本当にお世話になりました。ここに来てなかったらヤバかったです。救ってもらいました。ありがとうございました。~

(卒業生のつどいアンケートより転載)

編集後記

内藤くんは本当に一生懸命、インタビューに答えてくださいました。自分の受験を振り返って得たものの大きさを感じることができました。上記のセンター試験時の失敗談は、彼が、「これが一番言いたかったことなのに、うまく言えずにインタビューが終わってしまった」と、あとからメールしてくれた内容です。本番というにのは、本当に、予想もつかないことが起こるんですね。「これだけは後輩に伝えてください」って、送ってくれました。

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