合格体験記(既卒) 医学部編 国際医療福祉大 中川さん

中川詩乃さん 国際医療福祉大学 医学部 (成蹊中学☞米国高校)

~アメリカの高校を卒業し、理科の知識ゼロから医学部合格、帰国枠入試62名受験で唯一の合格者、半年で奇跡の逆転合格を起こした秘訣とは!?

【中川さんの合格ストーリー】(中川さん 担当スタッフより)

中川さんは6月帰国予定そこから年内の帰国子女入試で合格するという短期決戦に挑みました。塾への問い合わせはその年の3月ごろでしたので、米国にいながら3か月間、ネットをつないで数学の遠隔授業を行いました。帰国後は理科を集中的に勉強し、実質5か月程度で合格しました。英文による志望理由書も一会塾で仕上げながらがんばりました。一般入試で順天堂の1次を通過されていますので、基礎学力を短期間でしっかり身につけられました。

インタビューの内容をまとめました。(※)聞き手:化学科スタッフ

 

(※) 国際医療福祉大と言えば、英語で全部授業をやるとか、一般の医学部受験生から恐れられている存在かと思いますが、授業はどんな感じですか?

 

(中川) 2学期から日本語はゼロで全部英語になるらしいんですけど、今学期は本当にただの英語の授業が1日5時間あるみたいな、もう英語だらけで、英語でやる医学とかじゃなくて、英語の授業が普通にいっぱいあって。医学的なことは解剖学ぐらいしかやっていません。

 

(※) ほとんど教養とか、語学だけってこと?

 

(中川) 医療制度とか医療過誤、医療生物とかもあります。

 

(※) もっと本当に基本的な勉強を全部し直しているという感じですね。

 

(中川) そうですね。

 

(※) 詩乃さんは物理と化学で受験をしたので、生物はちょっと苦戦をしていますか?

 

(中川)医療生物だけ勉強したんですけど、でもちゃんと(先輩からもらった)過去問を見て勉強したら大丈夫でした(笑)

 

(※) ここからは、ちょっと過去の自分に戻っていただきながら、お話を進めていきたいと思います。中川さんは出身はこちら(武蔵小杉)ですか?

 

(中川) ずっとここです。

 

(※) 日本で、小学校も公立の。

 

(中川) 小学校は西丸子小学校です。

 

(※) 中学受験をしたんだよね。

 

(中川) はい。

 

(※) いつごろ受験を決めたかとか、もちろん小学生だと、どうしてもお父さん、お母さんの気持ちだっていろいろあると思うんだけれども、どれぐらいの時期に中学受験を決めたかとか、そのときどんな塾に通ったとか、覚えていますか。

 

(中川) 塾はお兄ちゃんがなじめなくて、お兄ちゃんが塾に行くのを1人で行けないから付いて行ってあげてみたいな感じで、小1ぐらいから一応塾に行っていて、SAPIXに小4から受験という感じで入りました。でも全然家で宿題もまったくやらないし、取りあえず通っているという感じでした。

 

(※) それで塾の授業を受けているのは、大変じゃなかったですか。

 

(中川) ずっと眠くて眠くて、全然聞いていなかったです。

 

(※) 勉強に対しては、好き嫌いとかありましたか。

 

(中川) そのときは算数だけ好きで、算数と理科が、まあまあ好きぐらいで。

 

(※) 国語とか社会は。

 

(中川) 社会は、ひどかったです。算数と社会とでは偏差値の差が30か40あるみたいな。

 

(※) 結構あるね。それで中学受験で成蹊。受験は、そんなにたくさんは受けなかったの?

 

(中川) もともと慶應に行こうとしていて、慶應ってSFCしか考えていなくて、それ以外はちゃんと考えていなくて、そうしたら落ちちゃったから、まあ、いいやみたいな感じで成蹊に入りました。

 

(※) 中学に入ってからは、どういうふうに学校生活を過ごしていましたか。

 

(中川) テニス部に所属していて、土日も毎日あったから、本当に毎日学校に通っていました。部活も毎日という感じでした。成蹊は高2の1学期まで通ってそこからスイスに行きました。

(※) 海外に行こうと思ったきっかけって、何があったか覚えていますか。

 

(中川) もともと海外に行きたくて、高校のうちに行っておいた方が、大学とかで行くより吸収できると思っていました。周りも交換留学みたいな感じで行く人がいっぱいいて、毎年学年で15人ぐらい。

 

(※) 自分の中で行きたいというのは、お父さん、お母さんに話をして、オーケーをもらったと。

 

(中川) そうです。

 

(※) 学校って、どういうふうに選んだか覚えていますか。

 

(中川) 留学の斡旋、エージェントみたいなのがあって、そこに相談をして、まずどの国にするかみたいな感じで、初めはアメリカにしようとしていたんですけど、スイスの方が水準が高くていいよとすすめられて決めました。

 

(※) 向こうで1年。

 

(中川) 2年スイスにいて、そこからやっぱりアメリカに行こうと思って1年行って卒業しました。スイスは多国籍で英語ネイティブが少なく、アメリカの方が英語に囲まれた環境に出会えると思って変えました。

 

(※) スイスの印象はいかがでしたか?

 

(中川) 人と人が近く感じたり、たぶんそのときはめっちゃいろいろ違いを感じたけど、私、すごく流されやすくて、すぐ染まっちゃうから何が違うとか分からなくなっちゃう。でも、距離が近いのはいいなと思いました。

 

(※)それで2年スイスにいて、アメリカに1年行って、その後こっちに戻ってきて一会塾に来たと思うんだけれども、医学部を目指そうと思ったきっかけはいつだったかって、分かる範囲でお願いします。

 

(中川) 初めはアーキテクチャ(建築)をやりたくて、そっちをやろうとずっと思っていました、だけど高2の春ぐらいに、アーキテクチャは別に趣味でいいかなと思って、医者になろうって夢は漠然と小さいころから思っていたこともあり医学部受験を決意しました。

 

(※) アメリカに行って卒業する前のタイミングで、たぶんもう塾をどうするかという話が、お家でたぶん出ていて、一会塾を知ったきっかけってお母さんかお父さん?

 

(中川) 私が全部、塾もどうするのとも自分で適当にやっていて、武蔵小杉と医学部で検索したら一会塾が出てきました。

 

(※) アメリカにいるときに探したんだね。こっちに来る前に勉強を始めたころは不安もあっただろうね、一会塾とはオンラインで先に数学だけやろうと授業を進めていたと思うんだけれども、どのタイミングで不安になったとか、覚えていることはありますか。

 

(中川) もともと1回高2が終わって、高3が始まる前に夏休み日本に帰ってきていて、そのときにやらなくちゃなと思って、取りあえず参考書をめっちゃ買ってアメリカに持っていったんですよ。でもまったくやっていなくて、冬ぐらいに、もうあと1年しかなくてやばい!と思って・・・

 

(※) 帰国後に本格的に一会塾で受験に向けて勉強しましたよね?すごく苦労した科目とか、自分の中で自信がなかった科目とかいろいろあったと思うんだけれども、その中でもやって成績が上がったなって実感した科目とか、もしあったら教えてもらっていいですか。

 

(中川) 取りあえず物理と化学は本当に何も、ほぼゼロだったので、もう全部学ぶごとになりました、もともとゼロだったから上がるしかないじゃないですか。その分、伸びを感じられたかな。

 

(※) たぶん物理はすごく量も多くて、ペースも早くて、もちろんそれは理科も化学も同じだと思うんだけど、その間に挫折しそうになったりとか、そういうときってなかったですか。

 

(中川) 最初の授業のときに、まず何を言っているかが分からなくて、言葉も聞き取れないし、やばいと思って。だけどきっと慣れるだろうと思って、ひたすらやっていました。

 

(※) 夏休み直前くらいに日本に戻ってきて、みんなと3カ月ぐらい差がある中で勉強を始めて不安があったりとかはなかったですか。

 

(中川) ありました。みんなより遅れているから、みんなの倍以上やっていかなくちゃと思ってました。

 

(※) 塾も朝からちゃんと来て、夜も最後まで頑張ってやっていたと思うんだけれども、そこのあたりで自分の中で勉強の仕方、ルールとか決めていたことって何かありますか。

 

(中川) 本当に私、家で勉強をする習慣が小さいころからまったくなくて、家に帰ったら絶対勉強はできないから、取りあえず塾に行ったら鉛筆は持っていられると思って、取りあえず塾にいるようにはしていました。

 

(※)英語以外の科目で、ここはちょっと得意科目にできたかなって思っている科目があったら教えてほしいのと、こういう勉強の仕方が自分に合っていたというのがあったら、教えてもらっていいですか?

 

(中川) 数学は、もともと留学する前から得意だった科目だったから、まあまあちょっとはよかったかなと思っていて、物理はひたすら問題を解いて慣れるように頑張っていました。

(授業を受ける中川さん)

(※) 中川さんの場合帰国生の年内入試に際して科目の不安はもちろんあったと思うのだけれど実際はいかがでしたか?

 

(中川) 化学がまず有機は終わっていないし、物理も原子をやっていないし、そんなので受けていいのかなと思いました。でも、何とかなりましたけ!

 

(※) 1次に通過したときの状況はいかがでしたか?

 

(中川) 去年を見たら、60人中50人ぐらい受かっている感じだったじゃないですか。だから、まあまあひどくなかったんだろうなと思って安心しました。

(・・・実際には、2019年は62名受けて7名の1次通過という状況だった・・・)

 

(※) 合格をもらえた瞬間のことって覚えていますか。

 

(中川) よ~く覚えています。自習室にいたんですけど気になって。たぶん3時に発表で、2時58分とか59分とかめっちゃ見ていて、3時になって見て合格ってあったから、もう見間違えだと思って、もう1回リロードとかしたりして見て受かっていたから、※さんの方に行って伝えました。もう、めっちゃうれしかったです。

 

(※) 努力が報われたという実感は、一番沸くと思うんだよね。中川さんの場合は、国際医療をおさえにしてそこからもう1回一般入試までチャレンジをするって決めたときに、1個合格があるというところで、勉強に対する姿勢も変わりましたか?

 

(中川) それはやはりありました。1月が一番なまけていたなと思ってます。本当に1個あるから安心しちゃって、全然そんなに必死さがなくなっていて、もう1浪だけは嫌だと思っていたから、それがなくなったから全然必死じゃなくなっちゃって、朝ものんびり起きたりとかして、それを正すのが大変でした。私は医学部に入れればいいという気持ちだったから、1月も頑張れたかというと、うーんという感じだったけど、第1志望がちゃんと決まっているのであれば、そこに行きたいという強い気持ちがあれば頑張れると思います。

 

(※) 受験が終わって先輩として、もしこれから受験をする後輩にアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか。

 

(中川) 私は特に時期がとかじゃなくて、本当に範囲が取りあえず終えなくちゃという感じで切羽詰まっていたので、たぶんこの時期(夏)は本当に半分も終わっていないぐらいじゃないですか。だから、これからいくらでも伸びると思うので、必死に頑張ったらいいと思います。

(外科クリニックで行われた一会塾のメディカルディベイト大会に参加した中川さん)

(※) 分かりました。一学生として国際医療福祉大学を薦めるのであれば、どういうところが魅力だなと、もしアピールポイントがあれば教えてもらってもいいですか?

 

(中川) 留学生が20人ってすごい、140人中20人ってすごく多いです。たぶんその子たちも、例えばベトナムでいい学校で1位だったから日本に来れたという、すごく優秀な子たちで、そういう子たちと話ができるって本当にいい交流だと思うし、先生たちも、もちろんすごい、まだ新しいからその分小さくて交流があって、班が7~8人ぐらいで、1人先生が付くシステムがあって、その先生とご飯に行ったりとか、そのグループでご飯に行ったり、いい大学だと思います。

 

(※) 今たぶん通うのも大変だと思うけれども、今どれぐらいかけて行っていますか。

 

(中川) 2時間ぐらい。

 

(※) 同じぐらいの時間をかけて通っている子っていますか。

 

(中川) 横浜より、ちょっと次の駅ぐらいから通っている子もいます。

 

(※) きっと多少遠くても通える。大変じゃないですか、勉強と両立。

 

(中川) 私はテストの前の週末は友達の家に泊まったり、テスト前の週は面倒くさくなったら泊まったりとか、結構半分ぐらいみんな、その半分ぐらいは一人暮らししているから、そこに泊まったりさせてもらえれば全然大丈夫です。

 

(※) 分かりました。ありがとうございました。じゃあ、今日のインタビューは以上になります。お疲れさまでした。

 

(中川) ありがとうございました。

(医学部2次面接対策の身だしなみ講座のワンシーン、前から2列目に中川さんがいます)

(卒業生のパーティーで英語の先生を囲んでみんなで記念撮影)

 

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