【合格体験記2021】福岡大学 医学部 医学科 井上優大さん 開智高校~受験回数65回、医学部1次合格13校。5年間の浪人生活でつかんだ医学部への夢、ついに花開く。受験生活でのモチベの保ち方、スランプの克服法などについてインタビューしました~

井上優大さん

福岡大学 医学部 医学科

開智高等学校

 

 

 

その他の合格大学 

 

<2020年度>

聖マリアンナ医大 1次合格

久留米大学(前期) 1次合格

 

<2021年度>

愛知医科大学 補欠

藤田医科大学(前期) 合格

東北医科薬科大学 合格

川崎医科大学 合格

聖マリアンナ医大(前期) 合格

帝京大学 補欠

近畿大学 (前期) 合格

久留米大学(前期) 1次合格→2次辞退

埼玉医科大学 (後期) 1次合格

聖マリアンナ医大 (後期) 補欠

久留米大学 (後期) 合格

(試験日程順)

 

-まずは合格おめでとうざいます。井上さんはご実家が埼玉で、今は福岡で一人暮らしをされているんですよね。いわゆる多浪生ということですが、どのくらいチャレンジされたんですか?

 

現役に加えて、浪人を5回してます。

 

 

 

 

 

6回チャレンジしているんですね。それはほんとうにお疲れさまでした。では高3の時に遡ってどういった感じだったのか聞かせていただけますか?

 

3の時は一応進学校にいたので、それなりに勉強はしていました。今思うと机には向かっていましたが、やみくもにやっていた部分があったので、頭の中で繋がらなくて、知識として定着しなかったり、成績の向上にということにはならなくて。自信もないまま私立医学部を何校も受けましたが、結果は惨敗という感じでした。

 

-受ける前から難しいかなという感じだったのですか?

 

現役の時は初めての受験なんで、とりあえず受けてみようという気持ちでした。何となく受けていたという感じですね。

 

-まず一浪目ということで、どこにいかれたんですか?

 

麹町校にある河合塾に行きました。

 

-いきなり大きな予備校に通われたんですね。そこではどんな一年でしたか?

 

私立医学部コースに所属してたんですが、高校時代とあんまり変わらなかったです。授業を聞いて、ノートを取る。あんまり能動的な勉強ができていなかったです。自己分析もできてないし、受験生として自覚があまり無くて、親に通わされているという意識が心のどこかにあって、主体的な勉強ができていなかったと思います。

 

 

 

 

 

 

-受け身だったんですね。その時は焦りなどはなかったですか?

 

最初の時点では1年やれば何とかなるだろうという淡い期待を抱いてました。でも実際は自分が思っていた10分の1くらいしか伸びなくて、途中からやる気がなくなっていました。授業に行かなかったり、遊びに行っちゃうこともありました。

 

-えー!それはまずいかもしれません。2浪目はいかがでしたか?

 

 

受付ラウンジ

 

 

2浪目から北九州予備校に通いました。1浪目で自分の甘さをすごく感じたので、厳しい環境に身を置きたいと思って、寮生活を選びました。親と距離を置きたいというのもありましたし、自分の気持ちを改めるためにも、環境を一新しようということで福岡県の北九州市にある予備校に行きました。

 

-北九州予備校さんは文系・理系色んな人がいる中での医学部コースということですかね。

 

Felix小倉校というところです。

 

-どのように探したんですか?

 

高校が北九州予備校と提携していて。北九州予備校はまず入塾して『不合格体験記』というのを書くんですが・・・

 

-えっ!そんな体験記があるんですね。

 

 

 

はい、不合格という現実を受け止めて、自分を分析するというところから始めるんですけど。それが自分の母校にもあったんですね。それで生徒の間では監獄のイメージというか、刑務所予備校と言われたりしていて、とにかく厳しいという印象があったので、行くなら『北予備』だと思っていました。

 

-それは度肝を抜くほどびっくりしました。『不合格体験記』が教室に置いてあるなんて・・・・

 

合格体験記を読んでも、皆だいたい同じことしか書いてないんですよね。でも『不合格体験記』ってそれぞれの反省が書いてあって、読んでいて面白いんですよね。それが高校の時に、クラスによっては教室に貼ってありました。

 

 

 自習室

 

 

-それで監獄的な厳しさを求めて、おっかなびっくり勇気を出して行ってみたということですね。実際いかがでした?

 

結局そこに2年間いることになったんですが、人間的に成長できたと思います。医歯薬専門コースは先生との距離が近くて、いつでも質問できる環境が本当にありがたくて、そこで基礎の部分を築いていただいたと思っています。

 

-北九州予備校さんのイメージはかつての大手予備校のイメージと重なるのですが・・・・

 

HRクラスには25人くらいで、授業自体は8人前後でした。

 

 

 

 

-イメージと違いました。そこで寮生活を2年間送った訳ですが、受験の際は北九州から各会場に受けに行ったんですか?

 

福岡で、受けられるところは受けます。その後、川崎医科大が1月初旬の日曜日にあるので、それを受けてから全国に飛びました。

 

-じゃあ3回目までは、相当数の受験をして、試験慣れをしていた状況だったのですね。しかし、1つも合格が出なかったということですね・・・

 

・・・そうですね。なかなか合格というところに至らなくて。特に僕の場合は3浪目の秋に心身ともに体調を崩してしまって。成績のことで不安になったり不眠になったり、ストレスで胃がやられたという時期があって。3年目は成績が伸びている実感はあったんですが、コンディションが整っていなかったので受験以前の問題だったと思います。

 

-自分の力を出しきれないまま、終わってしまったんですね。それは落ち込むますよね。一旦そこで北九州を引き払ったんですね。

 

メンタル的になかなかやられていたので、継続するのは無理だと判断しました。まずその時点で他の学部を初めて受けました。元々子供の成長に携わる仕事がしたかったので、教員という道を考えて教育学部を受けました。

 

-なるほど、がんばりましたね。方向修正をして教育学部を受験したと。

 

 

 

 

限界を感じていて、「辞めるなら今年だな」と3浪目で思っていました。そこで岡山理科大学に合格しました。理系で教育学部を受けれるところが本当に少なくて、優秀なところだと早稲田や関西学院になるんですが、医学部受験と並行して受けれるようなレベルじゃないので。それで岡山理科大学と福岡大学の人文学部の教育臨床心理を受験しました。

 

-北九州予備校に通ったということで、福岡に対する愛着もあったのですか?

 

それもありますし、福岡大学という大学が元々自分が行きたい大学だったので、受験を終わりにするなら福大にしたいと思っていました。

 

-そして、その教育系の大学には受かったけど・・・やっぱり行かなかったんですね。

 

4月の時点で体調がすごく悪くて、とても新生活など考えられる状態ではありませんでした。あとはそのタイミングで、父親が日経の説明会で一会塾を見つけてきて、話を聞きに行かないかと誘ってくれました。それで恵比寿校に来て・・・ちょうどこの席に座って。なんかこう、もう一度やってみようかなという気持ちも芽生えました。

 

 

 

 

-それで一会塾に来てくれて、4浪目が始まるんですね。それまでの塾と一会塾の違いはありましたか?

 

それまでも8人クラスだったんですが、こちらでは数学とかだと4人クラスだったので、より先生との距離が近いなと思いました。

 

-学力的にはどうでしたか?

 

駿台、ベネッセなど色々な模試を受けてきたので推移は分かりませんが、一会塾の入塾時に受けた河合塾模試で偏差値60くらいだったので、徐々に上がってきていたとは思います。

 

-偏差値60からのスタートだったら、周囲の人に比べて知ってることも多いし有利な状況ですよね。

教科として向上したものはありますか。

 

ここに来て一番伸びたのは数学です。一会塾は特に数学が印象に残っています。1次合格がなかった中で4浪目で一次合格できたのは、一会塾で数学を伸ばしてもらったからだと。

 

-具体的には?

 

今までは大きい予備校にいたので、テキストに沿ってバランスよく満遍なくやる訳ですね。でも医学部受験というのは出る分野に傾向があるので、その分野を優先順位高く勉強したほうが点は取りやすくなりますよね。そのノウハウが一会塾にはあって。数学の仲野先生には、微積分や極限という医学部に頻出する分野を鍛えていただいたので、数学で点数が取れるようになりました。

 

 

数学科 仲野講師 ↑写真をクリック(自己紹介)

 

 

 

-より得点力がついて、自信がついたと。

 

毎週テストがあって、そこで点数を採ることをモチベーションに頑張っていました。あとは佐藤悠太先生と、小俣先生に習っていたんですけど、竹之内先生には個別指導でとてもお世話になりました。そこではミスを無くすためにとにかく丁寧に解くということを指導していただきました。今までの自分は焦ったり、ちょっとした計算ミスで点数を落とすことが結構あったので。

 

-井上さんの弱点を見抜いて「丁寧にやるんだよ」と指導されたんですね。

 

受験生は、すぐに新しいことや新たな知識を求めようとするのですが・・・竹之内先生には、今ある武器を磨いて失点を無くすという方針で指導していただいて、そこは本当に点数の向上につながりました。

 

 

数学科 竹之内講師 ↑写真をクリック(自己紹介)

 

 

-数学の力もついて自信を持って、生物・化学も1年やって、それなりに仕上がって受験に臨めたのですね。結果はどのような感じでしたか?

 

聖マリアンナと久留米大学に1次合格しました。

 

-そして2次対策の面接指導のほうは、高橋優子先生とコミュニケーション個別指導を2週間に1回。1年通してやってきたんですね。

 

今までは勉強だけしてきたんですね。でも勉強以外に対話する時間って自分にとってはとても大切で、医学部に行きたいという気持ちをそこで再確認していました。

 

-実際どんなことをやったんですか?

 

面接シミュレーションもそうですし、答えのない質問に答える訓練というか。答えのない質問に対して、どうやって自分の生き様や考え方を伝えられるかということを主にやりました。

 

 

面接コミュニケーション 高橋優子講師 ↑写真をクリック(自己紹介)

 

 

-願書作成会も参加されて、志望理由書もしっかり仕上げて臨んだんですね。初めて1次に受かった時の気持ちは覚えてますか?

 

自分の受験人生の中で5本の指に入るくらい嬉しかったですね。年間15校、のべ65校は落ちてきた中で初めて合格という結果を見た時は本当に嬉しかったですね。

 

 

 

 

 

-なるほど~。私も何度かそれに近い場面に立ち会ってきましたが、きっと格別な喜びがありましたね。

 

とても信じられなかったです。

 

-優子先生とタッグを組んで臨んだ2次試験だけど、多浪の壁はありましたか。ちょうどそういったことが騒がれていた直後くらいだったと思いますが。

 

正直そこまで感じませんでした。特に久留米大学は浪人生に寛容ですし、興味を持って話を聞いてくださった感じがしました。

 

 

面接コミュニケーション個別指導 高橋優子講師

 

-面接は上手くいったと?

 

もちろん反省する点はありました。練習しすぎて、こう来たらこう答えるというのが出来上がっていて・・・練習してない質問が来たらパニックになってたかもしれないです。ここのチャンスを逃すまいと思って、すごく硬かったと思います。今思えば会話を楽しむくらいの気持ちの余裕が欲しかった。

 

-その時点では教育学部は受けてない?

 

受けてないです。だいぶ手応えはありましたので。

 

-そして腹をくくってもう一度やろうと決意された。次の年はどのような環境で学んだんですか?

 

河合塾の麹町校に戻りました。

 

-もう知ってる人もいないですよね?

 

スタッフも全部入れ替わってますし、先生は見たことあるなという方がいるくらいでした。

 

 

 

 

-そうでしたか。最後の一年はどうでしたか?

 

4浪目の受験でそれまでなかった自信というものを手に入れたので、それが何よりも大きくて。それまでは勉強しながらも「これでいいのかな」という思いを抱えながらやっていて、どうしても集中できない部分があって、そこが大きく変わりました。自信と手応えを4浪目の受験で得たので、自分の勉強にも自信が持てるようになりました。自分のやっていることが受験で通用することが分かったので。自分の頭の中の知識を整理するために河合塾に行きました。

 

-そこまで蓄積されたものがあるから、周りの人より余裕がありますよね。

 

そうですね。自習をメインにして、授業はペースメーカー的に受けました。基礎から叩き上げて、足りない部分は講習を受けるという形で。

 

-コースは国立医・私立医どっちかな?

 

国立です。国立のベーシックな下のクラスでした。全国どこでも使っている標準テキストで勉強しました。

 

-医学部の標準テキスト?

 

いいえ、全体の標準テキストです。

 

 

一会塾MEDICAL  教室

 

 

-そこで基礎からもう一度練り直そうと。またそこで成績があがった?

 

模試ごとに偏差値が3ずつ上がりました。1回自信を持ってから飛躍的に伸びました。

 

-一会塾での数学で自信を得たことで、1科目攻略できたら次々と良い展開が生まれたのでしょうか?

 

僕は元々生物は得意なほうで、数学がずっとボトルネックで成績が出ないで落ちるということを繰り返してきました。数学が改善されて成績が出るようになってきて全体的にも自信が持てました。

 

-じゃあもう、5年目でもう合格するマシーンと化した?

 

そこで初めて判定がよく出るようになってきました。それまで5年間ずっとE判定、良くてもD判定を見てきた中で、B判定が出るようになりました。

 

-そうして迎えた6度目の結果はいかがでしたか?

 

1次合格がのべ14校合格。最終合格は7校です。

 

 

 

 

 

-それはすごい!これだけ受かったら2次試験は全部受けられないでしょう?

 

僕は全部受かるつもりだったので、全部受けました。全部シミュレーションして立てた受験計画だったので。1か所だけどうしても無理なところが出て、そこは直前まで迷って選択をしました。

 

-その中で福岡大学志望の気持ちが強かったということなんですね。この辺のことは覚えてますか?

 

はい、覚えてます。

 

-その中でも特に印象に残っている面接はありますか?

 

どこも面白かったんですが・・・。そうですね、特徴的なのは藤田ですかね。MMIというのは答えがない分むしろ自由度が高いから、倫理的にまずいこと以外は何言っても不正解ではないので、気を張らなくていいというか。藤田の場合はMMIの後の15分の個別面接の方がどう考えても難しいです。

 

MMIについて説明しています。↑画像をクリック

 

 

「※医学部入試研究所みらい」調べ(←こちらをクリック)

 

-なるほど!

 

高校時代とかの印象的なエピソードを1つ話してくださいと言われて。それについて15分間深掘りしてくるんですね。なかなかそれって他の大学では見られないんですけど・・・。1つのエピソードを深掘りすることで、そこで見えてくる人柄とか考え方を見てるんで、ちょっとした作り話では通用しないような、本当に細かいことを突いてきます。

 

-なるほどー。それで人柄を見ているんですね。結果はいかがでしたか?

 

補欠で、最終的に合格結果をもらいました。

 

-何について話しましたか?

 

北予備時代に球技大会があって。あそこはほぼ高校みたいなところで、入学式があって球技大会などの行事があって、クラス対抗のバレーボールがあったので、僕はその時のことを話しました。

 

-とことん深掘りするスタイルは他の大学ではないということですね。多浪のことは聞かれましたか?

 

藤田以外ではやっぱり聞かれました。「時間がかかったと思いますが、どういうところに原因があると分析していますか」ということを聞かれました。

 

-落とすためというよりは、理解しようという感じですか?

 

多浪というのはコンプレックスでもあり、自分が後ろめたさを感じているところでした。でも面接ではそれほど問題にならなかった印象で、むしろ寄り添ってくれる感じの大学が多かったです。

 

 

 

 

 

14校も1次に受かったらこれは自信が出ますね!

 

そうですね。コツというか、つかみますね。試験を見た瞬間にここが解ければ大丈夫だというのが分かりますね。

 

-なるほど。すごい!それは何ですか?

 

 

 

 

入試って1日だけでもめちゃめちゃ疲れるんですが、それが何日も続くのでもう頭がおかしくなるんですね。だから反省と次の試験に向けて、毎日毎日、日記を書いていました。

 

受験生に1つお進めすることがあるとしたら、これがいいです。ひとそれぞれやり方があっていいと思うんですが、医学部受験の1月末~2月初旬って、もはや頭もおかしくなるし、感情がぐちゃぐちゃになるんです。これやると気持ちがきれいに整理されるんでやったほうがいいですね。

 

-バラバラとしたメモ書きじゃなくて、ちゃんとノートに書いているところがいいですね。

 

 

帝京大学を受けた時の日記

 

藤田医科大を受けた時の日記

 

福岡大を受けた時の日記

 

 

これ佐藤悠太先生からもらったんです。浪人クラスの最後の授業の時に、みんなに買って来てくれたんですね。それに2年間書いてます。

 

 

数学科 佐藤悠太講師 ↑写真をクリック 

 

 

 

-そうだったのですね。そこに2年間の経過が書いてあるんですね。それは井上君にとっての宝物ですね。

 

あのクラス本当に楽しくて、数学アドバンスクラス。僕4浪で、3浪の子と2浪の子、そしてもう1人は1浪で、学年違いますけど兄弟みたいにすごくアットホームで。僕も4人兄弟の一番上なので。

 

-思い出してきました。4人で切磋琢磨していましたね。

 

あのクラスは雰囲気が良くて本当に楽しかったです。佐藤悠太先生が買って来てくれたこのノートもずっと書いています。面接で聞かれたことと、答えを毎回書いてます。

 

-もう一度、見せてもらっていいかな?かなりきれいに書いてますね。

 

はい、汚いと見返す気が起きないので。

 

-これは埼玉医科大学の事前アンケートですね。

 

 

 

 

 

埼玉医科が一番楽しかったです。

 

-そうなんだね!面接が盛り上がったということ?

 

それもありますし、この時期はすでに前期の合格が決まってる状況なんです。苦手な部分もあるけど後期も出願したので・・・僕、埼玉県出身なので埼玉医科には思い入れがあります。

 

-そうでしたね。

 

だから存分に埼玉愛を語りました()。でも、1次で失敗したんですよ。今年はコロナで受験時間を短縮されたんですね。

 

-問題も変わった?

 

出題傾向も変わってました。多浪生ゆえに、自分は色々な大学の受験時間は把握していて、数学50分というのはどこの医学部でも見たことのない短さでびっくりしました。数学50分、英語70分というところに気を取られて、理科が100分から90分になってたことを忘れて大問1つ取り逃しました。

 

-埼玉医科は受験生も多いから、後期と言っても前期同様の戦いですよね。

 

ここ数年募集が減ってますからね。前は35人くらいとっていたのが15人。時期も、2月中旬から2月後半になったので、前期とは違った難しさもあります。

 

-後期ということでホントに枠が少なかったんですね。ここまで6年間よくがんばりましたね。医学部受験を振り返って何か思う所ありますか?

 

自分と向き合う時間でしたね。高校~浪人初期は自分のこともよく分かっていなかった。自分自身の将来や社会との関わりについて、よく考えてなかったので。それが寮生活や浪人生活を通して、自分について学んだことで有意義な経験になりました。

 

-かけようと思ってかけた5年間じゃないと思いますが、後悔はしてないですか?

 

後悔してないです。本当に楽しかったです。もちろん楽しい時ばかりじゃありませんが、総じてみると色んな人に出会えました。浪人生時代に出会って未だに会う友だちも30人くらいいるし、一生の友だちもできました。本当にいい期間だと思います。

 

 

 

 

 

-すごいですね~。すばらしい。福岡大学に入学されてもう、2年生になる訳ですね。大学生活は順調ですか?

 

はい、順調です。

 

-他の大学と比べて福岡大学のいいところはどんなところですか?

 

ワンキャンパスで全学部が同じキャンパスで学んでいるという活気ですね。他の医学部を批判する訳じゃないですが、単科大学特有の雰囲気が無いというか・・・

 

 

福岡大 キャンパス

 

 

-どうしても、こぢんまりしてしまいますよね。福岡大学は大きな総合大学なんですよね。

 

総合大学がゆえに、学生が沢山いて施設が充実しています。学内に図書館だけでも6個あって、中央図書館には自習室が2000席あります。

 

福岡大学 図書館 

 

 

-おお!サークルや部活動はいかがですか?

 

全学部対象の体育会系の部活があって、さらに医学部対象の部活もあります。僕のいる剣道部は医学部のほうです。いわゆる体育会系の高いレベルでスポーツを志している人もいるので、スポーツの環境も非常に充実しています。

 

-そうですか、そうですか。今も日本中には、何年も大変な医学部受験にチャレンジしている人がいる訳ですが、どういうメンタルで頑張ればいいですか?

 

人間って何をやるにしても、楽しいことや幸せなことがないと頑張れないと思います。だから僕は敢えて沢山遊んでほしいと思います。死ぬほど勉強しましたという合格体験記が沢山あると思いますが、それが全てではないです。沢山遊んで、その中に勉強入れるくらいの心積もりでいいと思います。もちろん、毎日遊べってことではないですが、心を病むくらいなら、毎日何かしらの息抜きがあってもいいと思います。

 

-井上君自身は実際遊んだのか?もしくはまじめすぎちゃったのか?どちらですか?

 

後者ですね。

 

-頑張りすぎて根詰めすぎたと。

 

3浪目までは頑張りすぎていたので、4浪目からは、意識して息抜きを行うようにしました。例えば頑張ったご褒美に、友達と週末ご飯を食べに行くとか。

 

-そういった余裕が必要なんですね。

 

心と体が健康でないと、受験では成績は伸びないんですよね。自分自身の心の状態をよくするために、少しは息抜きも必要です。11秒を無駄にしないという考えは間違ってはいないんですが、根詰めすぎて途中でエンジンが切れちゃうこともあるので、勉強以外で何かに没頭する時間も大事だなと思います。

 

-なるほど。今日は本当にありがとうございました。

 

こちらこそ、ありがとうございました!

 

 

 

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合格体験記(既卒)  久留米大 医学部 医学科 地域枠 Nさん

合格体験記(現役)  熊本大学 医学部 医学科 久富真優子さん 

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