【合格体験記】昭和大 医学部 医学科 臼井萌奈さん 現役合格 桐光学園高校 ~東海大 総合型選抜 希望の星育成入試 49名受験して8名の合格者のうちの1名に! 医学部ではまれな併願可で12月に合格を勝ち取り 昭和大に挑戦 「1年で医学部は絶対無理でしょ?」周囲の常識を覆した萌奈さんのド根性!合格物語~

臼井萌奈さん 昭和大 医学部医学科 現役合格 桐光学園高校 

 

~東海大 総合型選抜 希望の星育成入試  49名受験して8名の合格者のうちの1名に! 医学部ではまれな併願可で12月に合格を勝ち取り 昭和大に挑戦 「1年で医学部は絶対無理でしょ?」周囲の常識を覆した萌奈さんのド根性!合格物語~

 

 

  ーいきなりですが、萌奈さんの明るく活発な性格ってどこで培われたんですか?

 

私の負けず嫌い精神や競争心などは幼稚園で鍛えられたかもしれません。幼稚園は「バディ・スポーツ幼稚園」というところでした。みんなでスポーツをやって過ごしました。朝から三点倒立やったり、公園をかけめぐったり、高尾山登ったり、富士山登ったり、バク転もやったりしてましたね。私の根本はここで作ってもらったような気がしますね。何より、体動かすことが大好きになりました。

  ー小学校時代の習い事はどんなことをやっていましたか?

 

そろばん、習字、ダンス、ミュージカルなどやっていました。一番、印象に残っているのは、ミュージカルですね。年に1回ホールで講演をするんですが、半年は、基礎レッスンでダンス・歌・ワーキングなどやって半年は、講演に向けてオーディションや芝居の練習などで忙しかったです。講演は多いときで2000人くらいはお客さんが来てくれたと思うので、人前で表現することや、最初は通行人の役から始まって、オーディション通過して主役までやらせてもらったので、歌やダンス、はきはきしゃべることなどたくさん身に着けさせてもらえたと思います。上は高校生までいましたし、上下関係も厳しく、礼儀なども教えていただきました。小5の時には、カナダに行って、カナダの子供達と一緒に、英語と日本語の両方でミュージカルしたりしました。母には、私のやりたいことをすべてやらせてくれて、とても感謝しています。

  ーそのことが受験でどのような影響を与えたと思いますか?

 

そうですね。例えば、カラオケ屋で友達と歌うときなども、やはり、すごく上手というほどではないにしても、それなりに物怖じせずに歌えて表現できるとか、普通の人と比べると、自分をすぐに表に出せるんですね、それで注目してもらえたりしていました。またそういうコツや楽しさを知っているので、たとえば、小論文や英作文やプレゼンテーションなどの試験では、すぐに先生に評価していただいたり、試験でも割とうまく行ったと思います。小論・面接・討論などがある、医学部入試は、その点は自分には有利だったのではないかと思います。

 

  ー中学や高校で中心にやっていたことを教えてください。

 

硬式テニスをやりたくて、ミュージカルは小学校まででやめました。今度は3年間テニスに没頭していました。そのときはたしか、週6部活で、かつ週3テニススクールに通っていました。学校が強豪校だったので、バスで遠征に行ったり、団体で全国大会に出たりしていました。かなりの気合でやっていた部活でしたが、高校では、留学したり、英語も集中的に勉強したかったのでテニスは中学までにしました。

 

  ーなるほど、では高校では留学へ踏み出すのですね?

 

はい。AFSという団体の英語試験のELTiSの勉強や、英検も取得の必要があったので勉強を頑張りました。奨学金の取得を目指していました。その結果、奨学金を得て、1年間ブラジルで留学させてもらえることになりました。高1の終わりから高2の終わりまでですね。場所は、パラグアイやボリビアの近くでブラジルの内陸にある、マトグロッソ・ド・スル州に決まりました。州都であるカンポ・グランテの近くにあったかなりの田舎町、ニオワケという街にホームステイしていました。日本人は1人もいませんでした。ただ、あまり英語とは関係のない留学でした。現地の人には”What’s your name?も通じませんでしたので()。英語のために行ったのではなく、日本とはまったく異なる生活様式や文化を持った国へ行って、やはり住むことでしかわからない体験を通じて、自分の今までの価値観を壊してみたいと思っていました。ブラジルでは小さなことから本当に全部違っていました。コミュニケーション能力や人間の素の力を鍛えたいという思いがありました。ニオワケの人たちは、「ケセラセラ」という観念を持っていて、とても楽観的な生き方なんですね。それがすばらしくて・・・

 

  ーなぜブラジルという国を選んだのですか?

 

実は、父がアルゼンチンの帰国子女だったことから、南米で育ったときの話を聞いていて、南米に強いあこがれを持っていました。ポルトガル語から入れば、スペイン語も話せるようになれるかな、とか英語と合わせて4か国語話せるようになりたいな、とかそのようなことも考えたりしていました。

 

  ーブラジルっていうと治安とかは心配なかったですか?また言葉は不自由しませんでしたか?

 

ここよりも、全然治安はいいんですよ。本当に小さな田舎街、町中知り合いで悪さもできないみたいな感じです。人がすごく温かく、みんな家族のように親切なんですね。貯金なくても、のんびりと、何もない生活をしていても、ほんとうに幸せそうに過ごしている。家族と毎日、食事して、お酒飲んで過ごす、何気ない時間を大切にすることに価値観を置いている。日本とはもう全然違う生き方ですね。急いで生きていないんです。私がホームステイしていた家は、子供はもう成人になって家を出ているシングルマザーの方の家でした。でも、親戚が近くのあちこちに住んでいらして、土日とか、平日でもすぐに集まってお茶したり、一緒に団らんしたりにぎやかだったんですね。学校は街に一つしかなくて、小中高全部同じ1箇所で、みんな友達。学校は午前中だけでしたので、昼以降は友達といっしょにおしゃべりしてずっと過ごす感じ。もう初日から、とっても温かく歓迎してくれました。たぶんブラジルの人は日本人が好きなんですよね。私は「ジャポネーザ」だから「ジャパ、ジャパ」「ジャピーニア」などと呼ばれてたくさん話しかけてもらえました。

 言葉に関しては、高1の留学直前まで、英語とポルトガル語の勉強をずっとしていましたね。住んでから3か月くらいは習得にかかるであろう日常会話も、私は1か月くらいである程度、上達していました。周りに留学生も日本人も1人もいなかったので現地の人とずっと話していたのが大きかったです。

 

  ー帰国後は高3ではなく高2に戻っての生活でしたね?1年ぶりに日本に帰って来たときの様子はいかがでしたか?

 

日本語も、英語も、全部たどたどしくてノートには気づいたらポルトガル語で書いていました()。ブラジルでは、ペンを持たない生活、テストはみんなでカンニング、先生も公認で楽しくテスト受けるみたいな感じでしたし。それを普通の感覚に戻したり、数学の計算を思い出したり、そうした日本の生活に戻るためのリハビリは大変でした()

 

  ーところで、高2の夏にアメリカにも行かれていましたよね?

 

高校生外交官プログラムでアメリカに行きました。この選考が大変でした。神奈川県枠は2人で、応募者は全国で1200人くらいいるんです。AIGという保険会社が全額出してくれるプログラムでしたので、面接の練習、通るまでの準備や試験勉強、通ってからの準備や、最中、終わってからの報告など、高2の前半から9月までは、それにかかりっきりみたいな感じでした。ニューヨークからワシントンでのツアーやプリンストン大学で行われたアメリカの高校生との交流会、彼らもアメリカ全土から選ばれて集まっていて、そういう人たちといっしょにアクティビティーやディスカッションやっていくみたいなプログラムでした。ほんとうに楽しくて毎日があっという間に過ぎていく感じでした。終わって帰国してからは、しばらくは「ロス」状態が続きましたね。自分にとっては人生が変わったと思える体験でした。

 

 

  ーその経験などをうまくまとめて東海大「希望の星育成」の推薦に出されたんですね。

 

はい。推薦のために、原田広幸先生の推薦個別指導を受講して、書くこと、提出する内容を整理して行きました。自分では、書きたい要素があっちこっちに飛んでしまっていたので、そこを原田先生にお願いして上手に、まとめてもらいながら、出願書類を完成させて行きました。

 

萌奈さんの推薦指導を行った。面接・小論文担当 原田広幸講師

原田講師による、2021年順天堂大医学部小論文 出題分析はこちら ☞

【講師メッセージ】<予備校業界最速!>プロが分析 ! 2021年 2/3実施 今年の順天堂大学 医学部 医学科の小論文は『アザラシ』の写真を見て、『あなたが、アザラシだったらどう思うか?』

医歯薬進学5月号 医学部小論文の連載記事はこちら

医歯薬進学 4月15日発売【小論文】

 

 

  ー東海大の推薦は、医学部では珍しい併願可でしたね。合格を確保しての一般入試へ挑戦する流れだったと思うのですが、他大の出願書類にも推薦の経験は役立ちましたか?

 

 東海大学医学部「希望の星育成」の提出書類は、たくさんあったので、それを書いてしまえば、医学部受験後半の一般入試の願書関係はすらすらとあまり時間をかけずに、仕上げて行くことができました。東海大の希望の星育成入試の意図は、「勉強面がネックで医師への夢をあきらめていてる人にチャンスを与えたい」という趣旨だったと思うので、私にぴったりだと思って出願しました。

 

 萌奈さんと原田講師

 

 ー東海大の書類でブラジルとアメリカのこと以外に書いた要素はありましたか?

 

 中3の終わりから高1のときに海外ボランティアに3回ほど行ったので、そのことも書きました。ベトナムとミャンマーとマレーシアです。ベトナムに行ったときは、枯葉剤の影響で結合双生児として生まれた「ドクちゃん」とお話させていただく機会を得ました。枯葉剤の影響を受けた児童の治療を行ったスーズ―病院を見学させてもらったり、孤児院を回ったりさせてもらいました。そこでの経験が、医学部に興味を持ったきっかけでした。

 

 

 ーそうだったんですね、それまでは普通に文系だったんですか?

 

 はい、もともとは国際基督教大(ICU)に行ってNGOに入ってと夢を膨らませていたんですね。でもこの海外ボランティアを経験してからは、医療面から入らないとやれることが限られてしまうなあ、という思いが強くなりました。実際にNGOなどで活動している人から「目の前でケガをした人に出会っても、自分は命を救うことができないもどかしさを感じた」という話を聞いたり、スラム街では、簡単に赤ちゃんが死んだりとか、枯葉剤の影響で亡くなったホルマリン漬けにされた赤ちゃんを目の当たりにして、途上国でこの人たちを救える医師になりたいという気持ちが湧いてきました。これが高1のときに、テニスをやめてでも留学の勉強をしたい!と思うきっかけになりました。

 

  ーそれは萌奈さんの心に深く響いた経験になりましたね。大学生になって海外ボランティアへ行く人の話はときどき聞きますが、萌奈さんのように高1でそのような経験はとても珍しいと思います。

 

はい、海外ボランティアのツアーでは、確かに周りはみな大学生でしたね。

 

 

 ーそのような経験をされてから一会塾で受験勉強を始めるまでの経緯はいかがでしたか?

 

 アメリカでの高校生外交官プログラムから帰ってからは、本当にしばらく「ロス」が続きました。ブラジルにいたころから目指していた目標を達成して、ほんとうに楽し過ぎて、それが終わってしまって・・・ポカンとして気づいたら秋も終わろうとしていました。たしか、一会塾さんには高2の12月ごろに初めて行ったかと思います。母が、ネット検索で探してくれました。「少人数グループ授業」がいいのと「国際医療福祉大 医学部医学科」に強い塾を探していました。大学受験の塾は初めてだったし、今までの何もやっていなかったなら、周りからは、「普通は2年かかるよ、大丈夫大丈夫、2年で入れるよ」って言われたんですけど、絶対、私は現役で決めたいと思っていました。

 

臼井さんが一会塾に来るきっかけは、Nさんの 国際医療福祉大 医学部の合格体験記を読んでのことでした。

Nさんの国際医療福祉大 体験記はこちら 

帰国枠62名受けて唯一の合格者のNさん

 

 ーなるほど、東海大の2次合格を決めたあと、一般入試までの経過はいかがですか?

 

 東海大「希望の星育成」入試は、2次合格のあと共通テストで8割とれば合格でした。共通テストでの8割は、何度か練習した上で、ほぼ確実にとれるだろうと計算していました。そこで一般入試は、英語の評価の高い順天堂と国際医療福祉大に出願、そして本命の昭和大と3校に絞り込みをかけて対策をしていました。国際医療大には、地理的に受かっても行けないだろうと思っていましたし、順天堂はなんと言っても偏差値が高かったので、自分的には昭和に照準を定めて過去問を解いていきました

 

 

 ー直前期は具体的にどんな学習をされましたか?

 

 昭和は、英語の過去問は2年分くらいしか解きませんでした。苦手な数学・化学と得点源にしたい生物を10年分ずつ過去問をやりましたね。特に昭和の化学には特徴があり、アミノ酸の構造式を全部覚えたり、生物と関連するところもあって、覚えるべきところを確実におさえていきました。昭和は記述の部分もあってしっかり覚えていないと書けないのでやりこんで行きました。数学と化学は、理解したうえでのアウトプットがとても大事だといます。それに比べて生物は、ちゃんと理解したら忘れないし、理解さえすればしっかり頭に残っていて本番でもわりとすらすら出て来るようになっていました。実際に、昭和大では、PCRのメカニズムを細かく聞かれたんですけど、しっかり書けたと思います。一会塾の生物の授業が小人数(3人)だったので、よくあててもらえたのも良かったですね。

萌奈さんを指導した生物科 高橋靖 講師

有名大学の赤本(教学社の過去問)の解答執筆や、旺文社入試正解の執筆者でもある、医歯薬進学5月号の最新記事は萌奈さんが受けた昭和大学医学部2021年入試の分析を行っている。コロナ禍を見据えて「ウィルス」「PCR法」の出題を的中させた

  医歯薬進学 4月15日発売【生物】

☞クリックすると連載記事をご覧いただけます。

 

 

 ー数学の勉強はかなり苦労されたとか。

 

はい、でも数学が一番伸びた科目だと思います。私は普通の医学部受験生と比べるとたぶん、数学はかなりできないところからスタートしました。だって、最初のころは、数学ⅠAの「Ⅰ」のことをアルファベットだと思って、「すうがく・あい・えい」って読んで一会塾の先生に怒られたんですよ(笑)。正直、ブラジル生活で数学のあらゆる公式を全部忘れているところからのスタートでした。普通は、数Ⅲって高2までで終わらせる高校も多い中で、自分は数Ⅲを高3になって初めてやりました。その分、必死でついていって、数学の先生にはとてもかわいがられました。私は、一会塾でなかったら合格できなかったと思います

 

萌奈さんを担当した数学科 佐藤悠太講師

 ー自習は主にどちらでされていましたか?

塾の自習室ですね。私は家ではあまり集中できないタイプでした。土日も結構使わせていただきました。

 

萌奈さんが学習した一会塾の自習室

 

 

 ー本命の昭和の2次試験の手ごたえはいかがでしたか?

 

はい、おかげさまでとてもうまく行きました。昭和大って2次に70点もあるんですよね。併願校についてや、第一志望かどうかを聞かれました。面接は10分程度しかなかったのですが、昭和が第一志望ですとしっかり伝えて、志望理由をまとめて10分で話すと、面接官の方ももっと話して欲しいという感じになりました。ベルが鳴っても、「まだいいからそのまま話して」という感じで最後まで聞いてくれました。1次試験はそんなにうまく行ったと思っていないので、2次試験の小論文と面接でかなり挽回できたのではないかと思っています。

 

 ー今日は、長い時間、ほんとうにありがとうございました。これからの寮生活も楽しく過ごしてください。

 

こちらこそ、ありがとうございました。

 

 

★★★臼井萌奈さんの東海大「希望の星育成」入試のエピソードも作成中です。ご期待ください。

 

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