【合格体験記】国際医療福祉大学 医学部 医学科 合格 葉玉 葵さん [九州から東京の私立中学へ☞慶應ニューヨーク高校受験☞九州の予備校☞一会塾 恵比寿校]、そしてつかんだ医学部への夢。波乱万丈のストーリーを支えた意志の強さと国際医療福祉大でのリアルキャンパスライフを語ってくれました。

葉玉 葵さん

国際医療福祉大学 医学部 医学科 進学

慶應ニューヨーク高校 

【その他の合格大学】

藤田医科大学 医学部 医学科

【1次通過大学】※2次辞退大学含む

埼玉医科大、順天堂大、北里大、帝京大、東京医科大

 

―お久ぶりです。コロナ禍でいろいろあってお疲れではないですか。大学生活はいかがですか?

 

はい、自分の思っていた大学生活とはちょっと違っていました(笑)。そのギャップも、それはそれで楽しんでいるのかなっていう感じです(笑)。

 

 

 

 

 

―今2年生ですよね?国際医療福祉大は、2年生までが慣れるまで大変という風に聞いていますが、いかがですか。

 

2年生は正直個人的には、慣れて来て良い感じですね。ただ、冬に解剖があるので、それが2年生では山場なのかなと思います。一年時の基礎医学の方がきつかったですね。

 

―なるほど。今の医療福祉大学の葉玉さんの代の特徴みたいなのは。他の学年と比べてどう、みたいなのはあるんですか。

 

一つ上の代の方が少し再試の人が多いようなことはききます。でもそうやって先生方が、自分たちに発破をかけてくださっているのだと思います。

 

 

―では今二年生の葉玉くんの代はそれに比べると優秀というか、真面目というか・・・・

 

新しい大学なので年度によって、そこに集まった人たちがたまたま、そういう風な人たちだったということかと思います。あとは、一つ上の代は現役合格の方が多いようです。

 

国際医療福祉は割と浪人生に寛容であり、どんな人でも学力で採るという校風でしたね。

 

そうですね、そこはしっかり当てはまってるかと思います。

 

―じゃあ男女バランスだって、女子が多かったりするんですか、一般(の医科大)よりも。

 

一般の(医科)大学と比べたらそうかもしれないですけど、さすがに男子の方が数的には多いです。

 

面接担当の高橋優子先生と葉玉さん。「面接官へ何を訴えるか?」パーソナルストーリーに合わせた戦略立てが国際医療福祉大での面接(30分×2回)に見事にいかされた。

 

 

―やっぱりコロナの2年間は、全体的に友達とのかかわりは薄くなってしまいましたか。 

 

いえ、同級生とのかかわりは結構あったと思います。自分の仲いいグループといろんなところ行ったりとか、テスト勉強したりとか。なんだかんだ充実はしているのかなと思います。

 

―地方の割合ってすごく多いんですか。 

 

結構地方の人はいますね。特に九州とかは自分の代は福岡が67人くらい。自分は熊本なのですが、九州の他の県もいるので、意外と九州の人が多いかもしれないです。

 

―葉玉くんはいつまで九州に? 

 

小学校まで、熊本の熊本市に。中学からは東京の巣鴨中に受験して入りました。熊本の方で塾に通って。正確には元々は、福岡の久留米大附設中学っていうところが第一志望だったんですけどね。

 

葉玉さんが1年間過ごした恵比寿校の受付

 

 

―ホリエモンが行ったとこですね。

 

 

そうですね。() 自分の父とか家族が結構そこに行っていたので、僕もそこを目指したんですけど、だめでした。すべり止めで受けてた長崎の青雲中っていうところと、東京で受かった巣鴨中ってところで悩んで、巣鴨に行ったってところですね。

 

―へえ。巣鴨中学は、九州で受験できたんですか。 

 

それが普通に東京に行ってそこで受験しました。自分の父親が東京に単身赴任してたので。そこにずっと泊ってっていう感じでした。

 

―なるほど。とても良い教育環境だったのですね。

 

はい、親はかなり厳しい方だったと思います。勉強はさせられてましたね。

 

 

―小学校の時の塾は。

 

九州では有名なんですけど、英進館ってところです。

 

―巣鴨ではどうでしたか?学校生活は。

 

ゲームにハマって学校に行かなくなったんですよ。(笑) 学年で多分一番最初に消えた人なんですけど。中二の五月とかでしたね。

 

 

―えー!消えたって行かなくなったんですか。周りはやっといいとこ入れたって人たちが多いんじゃないですか、巣鴨だったら。

 

まあどうなんでしょうね、でも結構巣鴨は厳しいので。合わない人は合わないんですよね。実は中高6年間で相当な数が辞める学校なんです。4、50人くらい辞めるんじゃないかな。高校から受験して入っている人がいるにもかかわらず、中学から入る人数と高校の卒業人数が同じなんですよ。それくらい辞める人が多いっていう状況でした。

 

―なるほど。それで中2で一回辞めて、公立に行ったんですね。そして、そこから塾に通って慶応ニューヨークへ。 

 

そうですね。東京の自宅近くの公立に行きました。公立に行き始めたときくらいは、何せ前の年の5月くらいからずっと勉強していなかったんです。勉強すること自体が嫌だったんですよね。その名残なのか、正面から高校受験を日本でしたくないなと思いまして。それで逃げ道を探すように海外留学をまあ海外に行ってみたいっていうのも多少あったんですけど。日本で高校受験をしたくないと思いながら、海外の学校を探してたら、たまたま慶應ニューヨークを見つけて。そこの対策をしてくれている塾に入ったんです。キャタルっていう英会話塾で、基本的に先生は全員大学生とか、若めのバイリンガルの人たちでした。1回授業23時間くらいだったと思うんですけど、ずっと英語しか使わずに、本を読んだりとかを先生と一緒にやるみたいな、そういうところでした。

 

―じゃあそれまでは英語の素養っていうのは、特に磨いていたわけじゃないんですね。

 

そうですね。そこの塾で結構鍛えられたかなと思います。 授業は基本選べるんですけど、自分は週2日行っていました。

 

―慶應ニューヨークの試験っていうのはどういう試験なんですか。

 

今はちょっと変わっちゃっているらしいんですけど、試験が年3回あります。秋と冬にあるAO入試(AO)3月くらいにある一般入試、5月か6月にある春AOで合計3回。自分は最初の秋AOで受かりました。その秋のAOに関しては、数学は中学の因数分解とか、基本的な計算が出来れば、全然問題ないという簡単な計算問題の試験でした。でも英語は対策してないと結構厳しくて。ほんとにアメリカの中学とか高校でやるような課題で、テーマが与えられて長めのエッセイを書くっていう試験でした。あと一応2次試験みたいなのもあって、そちらでは多少の会話の英語力は見られました。

★葉玉さんの受講科目

 

葉玉さんを担当した講師の先生

 

化学科 川原講師

 

 

英語科 鍋谷講師

 

生物科 高橋やすし講師

 

数学科 一瀬講師

 

面接指導 高橋優子講師

 

 

―なるほど、ところで、慶應ニューヨーク生は、医学部を目指す人は多いのですか?

 

ほとんどいないと思います。「医学部志望者はほぼ自分だけ」だったと思います。

 

 

―慶應ニューヨークでは、やっぱり内部で慶應大学に行く雰囲気なんですか。

 

そうですね、内部推薦で医学部志望っていうのは多分いると思うんですよ。でもそこが無理そうだから、日本の医学部目指すっていうのはまあ…2年に1人くらいはいるのかなっていう程度だと思います。少なくても僕の、1つ上と2つ上の代の方は、ほんとに学年全員が慶應大学に行ったんですよ。だから誰も受験しなかったので、結構僕も前例がなかったっていうのもあって、前が見えない状態での受験のスタートでした。

 

 

―なるほど、葉玉君の人生はすごい色んな所を巡りながらこう、今があるんですね。

 

―慶應ニューヨークではどのように過ごしていましたか?卒業の時期が日本と違ったりして、受験勉強も大変だったんじゃないですか。

 

学校では受験勉強という勉強は全くなくて、だいたいの教科を英語でやっていました。なので、いざ受験勉強をすると日本語が分からないっていうのはちょくちょくありました。( あっちでは入学が9月で、卒業が6月です。

 

 

―では、その6月終わった後に入試を迎える翌1月。その時は入試は受けましたか?

 

はい、その時も受けました。一応その、年齢的には6月卒業した時点で一浪目の時期に入っているんですよね。半年遅れてスタートしている状況なんで。現役イヤーは、高校卒業できていないので、どこも受けられない。もう6月まで待って、そこから予備校に入って、次の1月で受験するって感じですね。

 

 

―その年は、どちらを受けたんですか。 

 

えっと、その時は自分どこでもよかったんですね() もう、受けれるだけ受けました。15~18校くらいは、受けてたんじゃないですかね。受けりゃあたるんじゃないかと思って。() その年は受かったら奇跡くらいで受けていました。だから、2浪目と比べると気持ち的にはかなり楽でした。

 

 

―卒業した6月から1月の勉強は、熊本で勉強なさっていたんですか。

 

北九州にある北九州予備校ってところで。正確には医学部とか医療系専門のフェリックスっていうところがありまして、そこで浪人していました。それが実質半年くらいですね。6月中旬くらいに高校卒業して、そのまますぐ入って、その次の1月までっていう。

 

―その次が一会塾になるわけですね。

 

そうですね、その次はもう一会塾に入りました。

 

―じゃあ感覚的には一浪で合格したみたいな感じなんですか。

 

そうですね、一浪というかまあ1.5浪くらいかな。(笑)

 

 

―一会塾に興味を持ってくれた時に聞きましたが、個別でやりたかったっていう気持ちは北九州予備校・フェリックスでの半年間が効いていたんですよね。

 

そうですね。フェリックスに入ったのが6月くらいからで、その時期に全然何もやっていないような状態で入ったんですけど、もうすでに基礎が予備校で終わっていたんですよ。だから、基礎がぐらぐらなまま進んでいっちゃって。もう最後の最後まで基礎が出来ずに入試迎えた感じでした。なので、一から全部やり直したいなっていう気持ちが正直ありました。

 

 

―それで、全部ほぼ個別で受講した流れですね。

 

はい、ありがたいことに、そうさせていただきました。

 

―大学入って、140人定員で、留学生が20人と。葉玉くんの代の留学生はやはりモンゴルとか、アジア系ですか。

 

そうですね、アジア系がほぼ全員じゃないかな。東南アジアとかまで含めると、もうほぼほぼそうですね。中国、韓国、東南アジアでもう全員。あ、毎年ミャンマーとかは結構いるんですよ。ミャンマーの人たちはもう、国で何番とかの人達が多いですね。それ以外の国の人たちもかなり優秀な方たちなんですけどね。

 

 

―なるほど、でも優秀ってどうしてそれが、わかるんですか。

 

いやもう話してて分かりますよ。とにかく真面目だし、知識はたくさんお持ちだし。授業もしっかり聞いてるんですよね。英語も当たり前のように話せる人が多く、で、それプラス日本語の習得もみんな早いんです。だからもう日本人は何も歯が立たないというか。() 彼らに比べると、凡人ですね、日本人は(笑)。ほんとに留学生は優秀な人が多いです。

 

 

―ほかに学生の特徴ってありますか。

 

 

やっぱり英語できる人は多いですね、どの学年の人たちも。その中でも帰国生枠で1人、あと一般枠で入っている人でも英語がすごい人が1人いるんですけど、学年で2人、トフルのIPT満点がいらっしゃるんですよ。そういうバケモンレベルで英語ができる人がいます。

 

 

―授業はどうですか。1年生の授業は、先生がちょっと日本語入れてくれたりとか、横断するような授業で、2年生から英語のみ、という流れでしたね?

 

まあそうですね。でも実は、そもそも先生が英語得意じゃない人も多かったりします。結局先生方も日本人の医者であることには変わらないので。やっぱり、苦手な人は先生の方が日本語を話したがるとか、そういう先生もやっぱり、いらっしゃりますね。基本はまあ、9割がた英語なんですけど。ただ、去年でも基礎医学で、ちょっと日本語で補講してくれるような人はいましたし。ちょくちょく日本語でしゃべっている人もいるかなっていう感じです。

 

 

―英語で授業をしていると、試験はやっぱり英語ですか。

 

そうですね、試験に関しては全部英語です。

 

 

―じゃあ基礎医学とかでは、医学の()単語は普通の医学部と比べたら多く覚えておかないと。授業内容が分からなくなってしまいそうですね。

 

そうですね、それが結構きついです。ただ、救いなのは、結構、基礎医学も臨床に入ってからも、試験はほとんどがマーク式なんですよ。なので、スペルとかはそこまでしっかり覚える必要はありません。なんとなくの単語を覚えておけば、対応できるくらいの感じです。どちらにせよ英語を多少覚えなきゃいけないっていうのは変わりないんですけど。記述が少ない分、とても助かっています(笑)。

 

 

 自習室(恵比寿校)

 

 

 

―いろんな病名だったり、病気の原因だったり。受験時代と比べたらたくさんの英語の医学論文なども読みましたか?

 

論文はあんまり読まないです、まだ。ただ、結局授業スライドとか、授業内クイズとか過去問とかもそうなんですけど、ほんとにすべてが英語なので。問題文とかも英語ですし、選択肢も全部英語ですし、だからそういう(医学系の)英単語は全部覚えておかないとっていう感じですね。

 

 

―国家試験では日本語で出るから、日本語と英語の対応っていうのはほとんど生徒自身がやっている感じですか。

 

そうですね。まあ、僕とかは結構日本語から入るタイプです。英語で入れるっていうのがあんまり得意じゃない人なので、元々。慶應ニューヨークにいたときからインプットは基本的に日本語でやっています。日本語でまず状態とか、症状とか、その単語も含めて聞いたりしてから、内容は基本的に日本語で理解して、後は授業内クイズとか過去問を見ながら英単語を入れて行くっていう感じですね。

 

 

―来年(2022年4月)は3年生だから一人暮らしのままだと思うんですが、4年生からの生活は今までと変わりそうですか。

 

そうですね。4年で一応実習に行くって感じですね。3年の終わりにCBT※を受けて、4年から、実習に出るって感じです。

 

※CBT・・・医師免許までの1つの通過点(仮免許)。医学部生は全員が必須のテスト。

 

―国際医療福祉大は全国に病院を持ってるから、また遠くに行くことになりそうですよね。

 

今のところは、4年で福岡と栃木と、東京のうちのどこか二つに行って実習って感じです。それで、5年で成田に戻って来て成田の病院で実習するって感じだったと思います。その年その年で違うかもしれないんですけど、だいたいはまあそういう感じだと思います。

 

 

―なるほど、実習は、成田か、栃木か、福岡なんですね?

 

そうですね、福岡は結構田舎の方なんですけど。大川っていうところに病院がありまして、そこに行くっていう感じですね。地の利的にも、僕はできればそっちに行きたいなと。

 

 

6年生の時に海外実習があるようですが、1か月か2か月くらいですか?

 

そうですね…。まだ誰も行っていないのでちょっとわからないんですけど。ちょうど今日たまたま新しい授業で実習先の表みたいなのが、スライドで出ていました。それ見たらやっぱり途上国とかが多い感じでした。

 

 

―卒業の時の進路は自由だと思いますが、やっぱり海外で働きたいっていう人は多いんですか。”国境なき医師団”に憧れるとかあるんでしょうか。

 

 

僕は全然違うんですけど、友達には、アメリカでやりたいって言っている人も多少はいるかなって感じですね。海外だとやっぱアメリカとかヨーロッパが多いですね。

 

 

―大学の近くに一人暮らししている割合は高いんですか。

 

そうですね、結構高いじゃないかなとは思いますね。でもまあ(自宅から)通学している人も割といるんで。半々くらいかなっと思います。感覚になりますが。

 

―なるほど。

 

―あっという間に時間になってしまいました。興味深い話をたくさんありがとうございました。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

国際医療福祉大 その他の合格体験記はこちらから

国際医療福祉大 医学部 帰国生特別選抜 A.Nさん

国際医療福祉大 医学部 帰国生特別選抜 S.Nさん

国際医療福祉大 医学部 一般入試合格 平田さん

 

次はあなたの番です!

お気軽にご相談ください。
資料請求・お問い合わせ